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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9033号 判決 1969年4月21日

原告

高柳玉樹

ほか一名

被告

有限会社盛喜堂

ほか一名

主文

一、被告原田作三は、原告高柳玉樹に対し金三一四万九二〇〇円、同高柳邦子に対し金一九六万九二〇〇円および右各金員に対する昭和四四年一月一日以後完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告らの被告原田作三に対するその余の請求および被告有限会社盛喜堂に対する請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用中、原告らと被告原田作三との間に生じたものはこれを四分し、その三を被告原田作三の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告有限会社盛喜堂との間に生じたものはすべて原告らの負担とする。

四、この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

被告らは連帯して原告高柳玉樹(以下原告玉樹という。)に対し三六七万円、原告高柳邦子(以下原告邦子という。)に対し四三五万円およよび右各金員に対する昭和四四年一月一日以後完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、請求原因

一、(事故の発生と傷害の程度)

昭和四一年九月一五日午後四時三〇分頃、東京都北区滝野川七丁目三六番地先路上において、訴外小川方のブロック塀に乾してあつたカーペットを取り込んでいた原告らに被告原田作三(以下被告原田という。)の運転する原動機付自転車(三〇三号、以下甲車という。)がその背後から接触して、原告らをその場に転倒させ、原告玉樹に対し右脛腓骨骨折、原告邦子に対し右脛腓骨骨折兼足関節脱臼の各傷害を与えた。原告玉樹はその治療を今後少なくとも昭和四四年三月一五日まで継続する必要があり、原告邦子は、右足関節機能障害の後遺症により全く労働能力を失つたものである。

二、(被告会社の責任)

(一)  被告有限会社盛喜堂(以下被告会社という。)は、被告原田の使用者であり、従業員である被告原田が被告会社の業務執行中後記過失により本件事故を惹起したのであるから、民法第七一五条第一項の使用者責任がある。

(二)  かりに業務に執行中でなかつたとしても、被告原田の甲車運転行為は、同人の日常の職務と密接な関連を有し、その行為の外形から見てあたかも同人の職務範囲内の行為に属するものと認められる。従つて民法第七一五条第一項の使用者責任がある。

三、(被告原田の責任)

被告原田は運転免許を持つていないのに甲車を運転し、かつ運転を誤つて本件事故を惹起したのであつて、民法第七〇九条の責任がある。

四、(損害)

(一)  原告玉樹の損害

1 治療費等 五六万円

2(1)治療費 六万円

昭和四二年三月一五日から同四三年九月一五日までの間、一週一回注射投薬。一回分八〇〇円。

=78(週)800円×78=6万円(一万円未満切捨、以下同じ)

(2)栄養費 三九万円

同四二年三月一五日から同四三年四月一五日までの三九六日間の栄養費。一日あたり一、〇〇〇円。

(3)マッサージ代 一一万円

イ 同四二年三月一五日から同四三年一二月三一日までの二九一日間のマッサージ代 九万円

一回あたり三一二円のマッサージを毎日受けた。

ロ 今後昭和四四年一月一日から同年三月一五日までの七四日間のマッサージ代の現在価格(中間利息年五分控除)二万円

<省略>

3 休業損害 一〇九万円

(1) 同四一年九月一六日から同四二年三月三一日までのもの

本来なら三五万円受領すべきところ、三一万円しか受領しなかつた。その差額 四万円

(2) 同四二年四月一日から同四三年一二月三一日までのもの

月収五万円を得ていたのにこの間全く収入がなかつた

5万円×21=105万円 一〇五万円

4 逸失利益 一二万円

今後昭和四四年一月一日から同年三月一五日までのものの現在価格(中間利息年五分控除)

<省略>

5 賞与 四〇万円

同四一年一二月から同四四年三月までのもの

毎年六月と一二月に八万円あての賞与を受領するはずであつたのに何ら受領しなかつた。その五回分

6 慰謝料 一五〇万円

(二)  原告邦子の損害。

1 治療費等 五六万円

これについては原告玉樹の治療費等損害と全く同様である。

2 休業損害 二二万円

同四一年九月一五日から同四三年一二月三一日までのもの月収八〇〇〇円を得ていたのにこの間全く収入がなかつた。8000円×(24+3.5)=22万円

3 逸失利益 一五七万円

原告邦子は昭和九年八月二二日生まれの健康な女子であり、本件事故にあわなければ満六〇才に達する頃までの二六年間稼働して、同程度の月収(八〇〇〇円)を得続けたはずである。しかるに全く働くことができなくなつてしまつたので、その得べかりし利益の現在価格(中間利息年五分控除)。

8000円×12(26年の係数16.3789)=157万円

4 慰謝料 二〇〇万円

五、(結論)

よつて原告玉樹は以上合計三六七万円、原告邦子は以上合計四三五万円および右各金員に対する本件事故発生の日以後である昭和四四年一月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告らの認否

一、請求原因第一項記載の事実中、原告らの傷害の点は不知、その余は認める。

二、(一) 同第二項の(一)記載の事実中、被告会社が被告原田の使用者であつたことおよび被告原田の過失の点は認め、業務執行中であつたことは否認する。すなわち、事故当日は敬老の日であり、かつ町内の秋祭りの日でもあつたので、午後三時をもつて被告会社は休業し、その後は従業員は自由行動で業務を執行しておらず、被告原田もその例外ではなかつた。

(二) 同項(二)に対して否認する。

三、同第三項記載の事実は認める。

四、同第四項記載の事実は不知。

第四、証拠〔略〕

理由

一、事故の発生

請求原因第一項の事実中、原告らの傷害の点を除きその余はすべて当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告らはその主張どおりの傷害(ただし、原告玉樹の治療期間および原告邦子の後遺症の点を除く。)を負つたことが認められる。

二、被告会社の責任

〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

被告会社は製本の下請加工を行う会社で、乗用車を一台所有しており、従業員は当時一一名、そのうち一〇名は未成年者であつた。被告原田は昭和四〇年八月被告会社に入社し貼込み(糊をつけて貼り合わせること)の仕事に従事し、被告会社代表者盛山春吉(以下盛山という。)の家の二階にある寄宿舎に住んでいた。

事故当時、盛山の家の増築工事が行われており、事故当日は、左官屋である訴外斎藤盛雄が甲車に乗つて仕事にやつてきて、甲車をその家の斜め左前の電柱の近くの車道上に置いておいた。

当日(昭和四一年九月一五日)は制定後初めての敬老の日でもあり、また近所の祭の日でもあつたので、被告会社は午後三時で仕事を終了し、各従業員は受持機械の後始末を終つて後は自由行動を許されることとなつた。

訴外斎藤盛雄から甲車を借りて乗り出した訴外下城一男が一旦帰つてきてエンジンキーを甲車にさしこんだまま寄宿部屋に上がつていつた間に、被告原田はその近所をぶらぶらしてみようと思いたち、運転免許を有しないにもかかわらず、甲車を運転して、本件事故を惹起したのである。

(一)  右事実によれば被告原田の甲車運転は、被告会社の業務とは全く関係のないものといわざるを得ず、業務執行中であることを前提とする原告主張は失当である。

(二)  原告は、被告原田の甲車運転が外形上被告会社の業務執行と認められると主張するのであるが、先に認定したように、本件甲車(原動機付自転車)は被告会社の所有に属せず、製本加工という被告会社の本来の業務とは無関係な、被告会社代表者宅の増築工事関係人の私有物に過ぎなかつたのであるし、被告原田の平生の業務も自動車運転とは関係がなかつたのであるから、被告原田が甲車を運転することが、外形上被告会社の業務と認められることはありえないというべく、原告主張は採用するに由ない。

(三)  結局被告会社には民法第七一五条第一項に基づく賠償責任はない。

三、被告原田の責任

請求原因第三項の事実は当事者間に争いがないので、被告原田は直接の不法行為者として民法第七〇九条の賠償責任がある。

四、損害

(一)  原告玉樹の損害

1  治療費等

〔証拠略〕によれば、原告らは昭和四二年四月から生活保護法の適用を受けていること、原告玉樹はその主張どおりの注射投薬を行い、また現在でも毎日一日二〇〇円程度のマッサージを受けているけれどもそれらはいずれも医療扶助の適用を受けているため、現実にはその費用としては何らの出捐をしていないこと、同原告は医師から十分栄養を摂取するようにと言われているけれども、苦しい生活のためにそれも思うようにならず、アリナミンを一日に一〇〇円ないし一五〇円自費で購入して栄養にあてていること等が認められる。

右認定事実によれば、原告玉樹の注射投薬による損害とマッサージ治療による損害はこれを認めることができないが、栄養費については、一日少なくとも二〇〇円は必要であろうと考えられ、その期間も原告玉樹の主張どおり認めることができる。よつて、同原告の治療費等損害としては右栄養費の七万九二〇〇円の限度でこれを肯認しうる。

2  休業損害

(1) 昭和四一年九月一六日から同四二年三月三一日までのもの

本件全証拠によるも、この期間の損害を認めることはできない。

(2) 同四二年四月一日から同四三年一二月三一日までのもの

〔証拠略〕によれば、原告玉樹は練馬にある西浦工業という水道の工事をする会社に勤務して配管や車の運転に従事し、月平均少なくとも五万円の収入を得ていたこと、事故後同原告は会社に迷惑をかけたら悪いとの配慮のもとに同会社を退職したこと、そして同四三年二月当時の病状は、足が痛み、特に冷えると立つていられないほど痛みがはげしく、右足がしびれており、階段も下りることができず、かかとが曲がらないため座ることもできない状態であり外出時には長靴しかはくことができず、仕事のできない状況にあること、医師も完治までには長期間を要し足のしびれがとれないとまた切開しなければならないと診断していること等が認められる。

右事実によれば、原告玉樹はこの期間を通じ全く稼働能力を失つていたものと認めるのが相当であり、原告主張どおりの一〇五万円の損害を肯認することができる。

3  逸失利益(同四四年一月一日から同年三月一五日までのもの)

前項の認定事実によればこの期間も原告玉樹は全く稼働しえないであろうと推認されるので、原告主張どおり一二万円の損害を認めることができる。

4  賞与

〔証拠略〕によれば、その主張どおり四〇万円の損害を認めることができる。

5  慰謝料

〔証拠略〕によれば、同原告は約半年間ギブスをはめることを余儀なくされ、昭和四三年二月当時もなお通院中であることが認められる。右のような治療状況に加え、前第2項において認定したような事情および同原告が同四四年三月一六日以後の逸失利益の請求をしていない事情等諸般の事情を考慮すると、同原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としてはその主張どおり一五〇万円と見るのが相当である。

(二)  原告邦子の損害

1  治療費等

〔証拠略〕によれば、原告邦子は昭和四二年五月頃までマッサージの治療を受けていたが、医師からこれ以上続けて施行しても無駄であるといわれてやめたこと、原告邦子もアリナミンを一日一〇〇円ないし一五〇円自費で購入して栄養にあてている等が認められる。注射投薬を原告邦子が受けていると認めるに足る証拠はない。

従つて同原告の治療費等損害中、注射投薬とマッサージ治療による損害は認めることができず、栄養費については原告玉樹と同様の算定根拠に基づいて七万九二〇〇円の限度でこれを認めることができる。

2  休業損害(昭和四一年九月一五日から同四三年一二月三一日までのもの)

〔証拠略〕によれば同原告は事故前は大人や小人用の毛糸の編物の内職をして、月平均約八〇〇〇円の収入があつたこと、事故後昭和四〇年六月一八日に生まれた子供の世話の関係もあつて内職に従事できなかつたこと等が認められる。

右事実によれば、原告邦子は本件事故にあわなくても、もともと育児のために内職に従事できない状況にあつたと考えられ、少なくとも同四三年一二月三一日頃までは育児のために、内職はできなかつたものと推認される。

従つてこの期間同原告が内職に従事できなかつたことと本件事故との間の相当因果関係についてはこれを否定するのが相当であり、この期間については損害を認めることはできない。

3  逸失利益(昭和四四年一月一日以後のもの)

〔証拠略〕によれば、同原告は昭和九年八月二二日生まれの事故当時満三二才余の健康な女子であつたこと、同原告は、事故による傷害の後遺症のため足首が不自由で階段を下りることが苦痛であり、長時間座つていることもできないこと、右後遺症は身体障害者等級表による級別の第六級に相当するものであること等が認められる。

もし本件事故にあわなければ昭和四四年一月一日から二〇年間程度は内職に従事し、前第2項において認定した程度の収入を得続けたであろうと考えられるところ(右基準時頃からは育児の手間からも解放されるであろう。)右のような後遺症のため同原告はその仕事の性質上三割程度の稼働能力を喪失したものと考えられる。そこでホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の中間利息を控除して同原告の失つた逸失利益の現価を算出すると三九万円(一万円未満切捨)となり、同原告は同額の損害を蒙つたことになる。

4  慰謝料

〔証拠略〕によれば、同原告は約四か月間入院し、その後約一年四か月間治療を受けたことが認められる。それにもかかわらず同原告は前第2項において認定したような後遺症に悩まされているのであり、右のような諸般の事情を考慮すると、同原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としては、その主張どおり一五〇万円と見るのが相当である。

五、結論

以上により被告原田に対する原告らの本訴請求中、原告玉樹については以上合計三一四万九二〇〇円、原告邦子については以上合計一九六万九二〇〇円および右各金員に対する本件事故発生後である昭和四四年一月一日以後完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余はこれを棄却し、被告会社に対する原告らの本訴請求はいずれも全部理由がないのでこれを棄却し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)

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